「まだ世の中にない、新しいものをつくる」から始まった挑戦
ーはじめに、マルチコネクタタイプ急速充電器共同開発の経緯について教えてください。
とある懇親会の場で、当時の東京電力経営技術戦略研究所の所長やe-Mobility Powerの方々から、「ニチコンさん、大きなものを一緒につくりませんか」とお声がけをいただいたことがきっかけでした。最初に浮かんだのは「まだ世の中にはない、新しいものをつくる」という発想です。そこから具体的な開発が始まり、最終的にはニチコン、東京電力HD、e-Mobility Powerの3社による共同開発という形になりました。
ー「使いやすさ」とデザイン性を兼ね備えた新型急速充電器開発をするにあたり、どんな課題があったのでしょうか?
デザイン面では東京大学特別教授の山中先生に加わっていただきました。最初から完成形を描いたわけではなく、ニチコンの技術チームで「原理モック」を作ることから始めています。建設現場のパイプを組み合わせて実際に充電ケーブルを上から吊ってみたり、支点の位置による動きやすさを確認したりしました。特に大きな課題となったのは充電コネクタケーブルの重量です。一口最大90kWでの急速充電を可能とするためには、200Aの電流に対応した充電ケーブルが必要になり、当然充電コネクタも重くなります。充電ケーブルの吊り下げ機構が無い状態で実際に試すと、ユーザーが片手で充電口に差し込むのは困難でした。充電コネクタを充電口にまっすぐ正対させて差し込む必要があるにもかかわらず、ケーブルの太さや重さにより曲げにくく、「これでは現場では使えない」と判断。そこで生まれたのが、ケーブルを上から吊って重量を軽減する仕組みです。吊り構造にすることで体感的な重さを和らげ、使いやすさを確保することができました。山中先生にはその方向性を踏まえ、複数のデザイン案をご用意いただき、最終的に一つに絞り込んでいきました。ただ見た目の斬新さを追求するだけでは、製品として成立しません。メーカーとしては当然品質も重視する必要があります。急速充電器の電源部と操作部、充電コネクタケーブルを細くスマートにしたい一方で、強度や耐久性を損なってはならない。デザインと品質のバランスを探りながら調整を重ね、最終的な姿形が固まっていきました。
使うとわかる、快適さと便利さ
ーマルチコネクタタイプ急速充電器の登場により、ユーザーの体験はどのように変わったのでしょうか?
まず大きな違いは充電コネクタの差し込みやすさです。充電ケーブルを吊り下げることで体感的に軽くなり、充電口がボディ側面にある車でも、充電コネクタを充電口に正対させて差し込む動作が自然にできます。さらに充電ケーブルが地面に触れないため、汚れにくく快適に操作を行えるようになりました。加えて、急速充電器の電源部と操作部が分離独立した構造にすることにより、最大6台の車が同時に利用でき、混雑時の待ち時間を短縮できます。総出力200kW・一口最大90kWの高出力により、大容量バッテリーを搭載したEVでも短時間で必要量を充電できるのも大きなメリットです。「見た目が新しい」だけではなく、実際に使うとその便利さや快適さを実感できる設計になりました。

左)マルチコネクタタイプ急速充電器の初号機を設置した首都高速道路大黒PA (2021年12月運用開始)
右)総出力400kW・一口最大出力150kWに進化した新型機を設置した中央道八ヶ岳PA下り(2025年1月運用開始)
ー他に開発過程で苦労した点はありますか?
パワーシェアリング機能の開発と、充電料金を課金するための「認証」対応です。パワーシェアリング機能とは、充電器が総出力200kWを制御して分配することにより、最大6台での同時充電を可能とした機能です。当初は、東京電力HD・e-Mobility Powerと協議して分配方法を「後着車両優先」、つまり後から充電に来た車の出力が高くなるように制御していました。充電出力は充電開始からの時間経過と共に下がる特徴があるため、総出力を効果的に分配できる理にかなった仕組みだと考えたのですが、実際には充電を開始して間もなく次の車が来てしまう場面もありましたので、e-Mobility Powerとあらためて協議し、2024年12月に「先着車両優先」方式への機能改良を行いました。2点目の認証対応はニチコンにとって初めての経験でした。これまで日本では「ネットワークベンダー」と呼ばれる企業が独自の通信方式を備えた課金機を提供していました。我々充電器メーカーはそれを充電器内部に組み込むことで認証課金機能を実現してきたのです。ところが、世界的な流れとして「OCPP(Open Charge Point Protocol)」という国際標準通信規格が採用されるようになり、e-Mobility Powerも含め、国内で導入が進みつつあります。OCPPはもともと欧州のCCS規格をベースにしており、CHAdeMOとは扱えるコマンドが異なります。さらに、認証を行う機関が日本には存在せず、標準化の創成期ならではの苦労がありましたね。しかし、この時の経験が、後の急速充電器の機能拡張や保守性の向上にもつながっています。
「家産家消」で持続可能な暮らしを支える
ー貴社は家庭用蓄電システム累計販売台数※1やV2Hシステムのシェア※2で国内No.1と伺っています。V2HやV2L、防災への取り組みについても教えてください。
V2H(Vehicle to Home)の開発は、2011年の東日本大震災がきっかけでした。EVを家庭用電源として活用できる仕組みをつくろうと、2012年に自動車メーカーと共同で商品化しました。その後は電源のない場所での利用を想定し、外部給電システム(V2L(Vehicle to Load))の「パワームーバー」を開発。2019年の台風15号の際には、停電が長期化した千葉県館山地域などに計75台のパワームーバーを提供し、避難所の照明や携帯電話の充電などにご活用いただきました。この経験はメディアにも大きく取り上げられ、「EVと外部給電システムが災害時のライフラインになり得る」という認識を社会に広める契機となりました。現在は、レジリエンス強化の一環としてV2Lを導入される企業・自治体が増えています。
*1 ニチコン株式会社調べ(2025年1月現在)
*2 出典 富士経済「エネルギーマネジメント・パワーシステム関連市場実態総調査2024」2022年度V2X金額・数量ベースシェアより
ー貴社のブランドメッセージ「くらしにエネパ!」に込めた想いについても聞かせてください。
現在は「コスパ」や「タイパ」など、効率を重視する傾向が強まっています。その流れの中で、エネルギーの使い方にも効率性が求められるようになりました。そこで私たちは「エネルギーパフォーマンス」を略して「エネパ」というブランドメッセージを掲げています。ニチコンは蓄電池やV2Hシステムを通じて、太陽光発電と家庭を結びつける役割を担っています。家庭で発電した電力を自家消費し、余剰分を蓄電池やEVに貯めて有効活用する。これを私たちは「家産家消」と呼び、電力会社から買う電気を減らしつつ、自然エネルギーを最大限に活かすことを目指しています。このメッセージを通じ、持続可能な暮らしを支える企業であることを発信しています。
ー最近は貴社のテレビCMもよく目にします。積極的に発信している理由はなんでしょうか?
もともと当社は部品メーカーとしてスタートしており、家庭向けの商品に本格的に取り組み始めたのはここ10年ほどのことです。そのため、消費者の皆様に「ニチコン」という名前をしっかり認知していただく必要がありました。そこで積極的にテレビCMを打ち出し、「くらしにエネパ!」というブランドメッセージと合わせて、多くの方々に当社を知っていただくことを重視しました。今後、BtoBとBtoCの両面で事業を展開していくためにも、ブランドの浸透は欠かせません。CMを通じて消費者の皆様との接点を強化することで、信頼と認知を広げていきたいと考えています。
ー最後に、今後の展望を聞かせてください。
車両側の進化が続く限り、充電器も進化しつづけます。将来、全固体電池が普及すれば、車両が受け入れ可能な充電出力はさらに大きくなる見込みです。新型急速充電器の開発は容易ではありませんが、新しい当たり前を形にして社会に置いていくことこそ、メーカーの役割だと思っています。その矜持を胸に、e-Mobility PowerとともにEV充電インフラを支え、これからも進化を続けてまいります。









